メリットを感じないとお客様は会ってくれない。こう思い込んでいる営業職は多い。それが本当なのか解説したい。
先日、ある営業職Xさんからこんな質問を受けた。
「川端さん、どうやってお客様に私と会うメリットを伝えればいいんですか?
上司から『熱心と思われるか、しつこいと思われるかの違いは、お客様にとって会うメリットを感じさせられるかどうかだ。メリットを感じないとお客様は会ってくれないぞ。』と言われたんです。
SNSで飛び交っているみたいに、有益な情報をGIVEしないといけないんですかね」
さて、皆さんはどう思われるだろうか。
まず課長のアドバイスはXさんの立場に立ったモノとは言えないと思う。
そもそもお客様が営業職と会う時間すら取ってくれないのは、会うことでビジネス上のメリットを感じていない、有益な情報を得られないという理由とは限らない。
それ以前にお客様がその営業職に興味を持っていない、好感を抱いていないだけと言う場合だって多い。
そもそも相手と会うメリットがあるかどうかなど事前に誰にも分からないし、そもそも営業職がお客様に対して「私と会うメリットはありません」などと言う訳がない。
どの営業職も「私と会うメリットは十分あります」と主張しているはずであり、お客様はそうした営業職の言葉や態度に慣れており、それを真に受けるお客様など少ないだろう。
勿論メリットの伝達以前にその営業職の所属する会社、その扱う商品群から関心があるモノを持っていればお客様の方から会う時間を取ってくれることはある。しかし、その場合は営業職の努力は大して必要なく、会ってくれないことに悩むことなど無い。
そうでない場合は、自然とお客様は会うメリットがいかにあるかどうかでなく、営業職がそれほど自分好みの人間であるかで会うかどうかを決めているはずである。
つまり、実はメリットがあるかどうかはそこをクリアして初めて挑戦出来得る課題なのである。
(この課長のアドバイスは、有益な情報を提供したり、メリットを感じさせたくてもまずその場面を作れないことが問題なのに、そのことを見落とし、逆に『会うためにメリットを感じさせろ』と言っている訳である。
これはサッカーの試合において、相手チームに自由にボールを回されボールを奪えなくて勝機が見出せないチームに「点を取れ。点を取れないと勝てないぞ」と言っている様なものである。
本来はまずいかにボールを奪い、シュートチャンスを作るかが先であり、その方法を必要としているのに、そのステップを無視し、その先のさらに困難なことをすればいいとアドバイスしている訳である。
ただこうしたアドバイスはビジネスの現場では多く見られる現象である。)
では、会って有益な情報を話す、メリットを伝えるのが難しいなら他の方法はないだろうか?
メールは?
メールはどうだろう。
当然ながらこのような状況で有益な情報をメールなどで送っても、ほとんど真剣に読んでくれないのではないだろうか。
現在仕事の連絡は社内社外問わず、ほとんどはメールで送られてくる。
そのメールを読み、その都度対応なり反応するのはそれなりに時間がかかる。
どうでもいい営業からのメールなど全てきちんと目を通す人など珍しいし、そういう担当者なら既に話くらいは聞いてくれているはずではないだろうか?
有益な情報など、言うほど簡単ではない。
そもそも有益かどうか、いかなる情報がお客様のメリットになるかはお客様の立場や考え方を理解していなければ分からない。情報に色はついていないが、お客様は情報に触れる時に誰が発信したかでどれほど真剣に受け止めるか、否かを自然と決めているからである。
だから、会う機会すら与えていない営業職からのメールに真剣に目を通すお客様も少数と考えられる。
こうして考えてみると、会う機会すら与えられていない営業職がお客様にとって有益な情報やメリットがあることを把握する事がまず難しく、また仮に分かったとしてもそれを伝える手段も乏しいというのが現実ではないだろうか?
まして、現代ではIT化によって良くも悪くも誰でも相当な量の情報は得られる。
有益な情報などライバル会社からも提供されている可能性だって十分あるし、お客様が自分で既に獲得していたという場合だって多いはずである。
もっと言うなら、お客様と自社で情報の優位性があるのは自社商品についての情報くらいのもので、以前よりお客様と売り手の間の情報格差はない。
何故なら、お客様自身もググることによって、あらゆる情報にアクセスできるからである。
これは業界によってバラつきはあるが、全体的に言えることであると思う。
つまり、有益な情報を提供したくても、お客様の価値観や考え方、会社における立場を深く知らなければ価値ある情報やメリットを伝達することなど難しいということである。
この傾向はかつてより強いと思う。
冒頭のXさんにように会ってもくれない中でどうやってそうしたメリット、有益な情報を提供するというのであろうか。
事実、Xさんは具体的にどうすればいいか全く分かっていない。
こういうアドバイスを机上の空論と言う。
会ってくれない理由
繰り返すが、まずお客様が営業職に時間を取ってくれないことの原因は「人間関係が出来ていない。好感を抱いていない」ことがほとんどである。
事実、会うメリットを感じていなくても、もっと言うなら契約するつもりが全く無くとも会う機会の獲得は十分可能である。
何故なら、お客様にとって会うことは必ずしも即契約や注文に直結しないからだ。だから、『会って話を聞いてもいいかな』とお客様が思うのは多くの場合営業職の真面目さ・真剣さ・誠実さを感じ、会うことでその努力に報いたいという気持ちが一番多い。
嘘だと思うなら、これまで自身が会ってくれたお客様に聞いてみるといいだろう。
あなたが思うより多くのお客様が「あなたが一生懸命だったから」「しつこかったから」「熱心だったから」という理由を挙げるはずである。
営業職の成約率(契約数/商談数)が高くないのも、一度の商談でお客様が全てを決定できないのと、契約する意思がなくても商談の機会は提供してもいいと思っているお客様が多いからではないだろうか。
こうやって考えてみよう
或いはメリットが必須だと言うなら、自分が会いたいと思っているお客様がしょっちゅう会っている営業職がどういうメリットを提供しているか分析してみてはいかがだろうか?お客様はその都度メリットがあるかどうかなど気にしていないはずである。こうしたことも会う事に関してメリットが必須などではない何よりの証拠ではないだろうか。
一方でこうしたこと「メリットをお客様に提供し、有益であることが重要」というのはSNS上でよく言われていることでもある。
しかし、これらの多くは間違ってはいないが、一方で確かに存在している他の事実を見落としているが故にそのまま真に受ければ誤った行動を生む。
一言で言えば、誤情報であり、ミスリードであると私は思う。
結局、決めているのが人間である以上、感情や直感の介入は必ずある。
何故なら、会うか会わないかを決めるのは人間であり、常に冷静かつ合理的にビジネス上自社や自分にメリットがいかにあるかどうかだけで判断などしていないからである。
自社にメリットがあるかよりも自身の好みやその時の気分で会うかどうか、何をどの会社からどれだけ買うかを何となく決めている場合も多いのがビジネスである。
それはご自身の会社での決定や、プライベートの買い物の仕方を振り返ってみれば容易に理解できるはずである。
一見ドライに見えるビジネスの世界も実に非合理的要素(例えば「あの人が好きだから」「あの社長と気が合うから」「あの会社とは付き合いが長いから」)で決まっている事だって多いのではないだろうか?
こうした現実は確かに存在しているのに、「会うのにメリットを提供しよう」と言われれば、「メリットが必須」と思い込んでしまうのは自然の成り行きであり、結果として全く事実に即していない行動を生んでしまう。
アドバイスするのなら、せめてこれら二つの側面を伝えた上で、『メリットをお客様に感じてもらうのが理想の展開だよ』とアドバイスするくらいの細やかさは必要である。
どんなにテクノロジーが発達しても決める情報を集めるのに便利であるというだけで、最後人間は最終的には自分の直感に頼って決断している。
その事実抜きにして、何となく正しく聞こえる理想論は現実との乖離を生み、効果をもたらさないどころか負の効果をもたらす。
これらが、今ビジネスの現場で起きている大いなる矛盾・問題点であると思う。
確かに、お客様はメリットを感じたら会う時間を取ってくれやすいのは事実である。
だが、事実として、「なんか好感の持てる人だな」「熱心だな」「誠実な人だな」と感じる時に会う時間を取ってくれる事だって多い。
ほとんどの場合、会うことがその時点で有益かどうかなどは判断材料にないだろう。
もしかしたら、好感の持てる人や熱心な営業職に対して、「これだけ一生懸命にやってくれているのだから、ウチの会社にとって良いモノを提供してくれるかもしれない(最後まで責任を持って対応してくれるはずだ)」と本能的に感じ取っているのかもしれないが、恐らく【熱心さや誠実さに報いてあげたい】いうシンプルな理由が一番多いはずである。
具体的には
では具体的にどうすればいいか。
普通に訪問し、お客様との約束を守り、提案の機会を欲しいと依頼する、
それを淡々と繰り返していけばいいのである。
お客様は一人や二人ではない。ある特定のお客様だけを攻略するしかない営業など無いのだから。
少なくともXさんにようにメリットを伝える、有益な情報を提供するにはどうすればいいのかなどとわざわざ難しい問題に悩んで、これまでの活動がしにくくなるよりは余程打率の高い方法と言えると思う。
繰り返す、メリットを感じないとお客様が会ってくれない、などということはない。
お客様が営業職と会ってもいいと思う動機の多くは「あなたの一生懸命さに心打たれ、その努力に報いたいから」である。
何故なら、人間は常にドライに合理的判断を積み重ねてなどいないのだから。