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部下の能力を疑う前に

2019.11.11
部下の能力を疑う前に

少し前の話になるが、都内のZ社の担当者Y部長から「月1回のペースでうちの若手営業マンTに同行して社会人としての常識やマナーを指導して欲しい」との依頼を頂き、同行営業を実施した。聞いていた通り、若手営業マンTさんは挨拶もボソッと言う感じの物静かな人だった。私はY部長は乱暴な言い方をすれば、「まともに挨拶もできない営業マンに一から営業の基本を叩きこんで欲しい」くらいの気持ちで依頼してきたことと察した。
私はまずTさんが顧客に訪問する際にどのような準備をしてきたのかを聞いた。彼はアポを入れた新規顧客のホームページをきちんとチェックし、「こういうお客様なのでまずはこうした形で話をしたいと思います」と私に説明した。出来る限り準備をし、自分なりにシュミレーションを行って商談に臨むという当たり前の行動が出来ない営業マンは多い。それは準備をしてもしなくてもすぐに目に見えて違いが出ないことを多くの営業マンは経験値で知っているからだ。だが、営業活動はそこで終わりではない。その時々の商談での印象の小さな違いがやがて大きな差を生む。そうした事が分かっているかどうかは別として、彼はそうしたことが出来る営業マンだと感じた。また、話自体はそれほど上手くはないが、真摯に顧客の話に耳に傾けていて顧客も決して悪い印象は持っていないと思った。

 

私は商談が終わった後、「今のまま営業活動をしてください。今日明日の数字はそれほど気にしなくていいです。今のまま続けていれば結果は少しづつ出ます。今心掛けていることを続けられますか?」と語りかけた。
彼はとても嬉しそうな顔をして「続けられます。お客さんのホームページを見て自分なりに考えたり準備していくのは好きなので。でも大きな声で挨拶したり上座はどこでとか常識がどうとかそういう堅苦しく考えたりするのが嫌いなんで上司からはそれじゃ営業は出来ないぞっていつも言われてて・・・僕はそういう堅苦しいことより、時間はかかるかもしれませんが、お客さんとざっくばらんに話が出きるようになりたいんです。」と語った。私は感心した。彼は営業の本質が顧客との人間関係だということにも気付いていて、それを自分のパーソナリティでどう実現させるかということに目を向けていたからだ。
私は「やりたくないことより好きでやっていることの方が上手くなりますよね。それは誰でもそうです。苦手なことを克服して成功を収めるサクセスストリーがよく語られるけど、あれはほんの一例です。本来はやりたくないことにエネルギーを使うより、好きなことや自分でこうしたいと思えることにエネルギーや時間を費やした方がはるかに結果が出やすいですから。だから、わざわざ嫌いなことに挑戦する必要などないです。」と返した。

 

 

私は同行営業が終わった後、Y部長に電話し、「常識はどうなどと細かいことを言うより顧客の彼への心象をきちんと評価したうえで自由にやらせた方がはるかにいいです。お客様の心象は決して悪くないはずです」と報告した。「そうなんですよ。お客さんの評価は決して悪くないようなんです。でも数字もそれほど良くなくてやっぱり挨拶もできないから数字が出ないのかなと思っていたんですよ」
私は「お客さんの評価が悪くないなら常識がないのがネガティブに働いてない証拠じゃないでしょうか?数字が出ないのはそれ以外の問題か、たまたま運が悪いかでしょう。それ以外のことは私が少しづつアドバイスしていきますが、ネガティブな評価につながっていない細かなことで彼のモチベーションを奪うのはもったいないのでそれはしない方がいいと思います」とアドバイスした。

私が何故長々とこの話を紹介したかと言うと、この話が「営業マンのモチベーションも管理すべき」という私の持論をよく表している話だと思ったからだ。

 

 

Tさんは自分が顧客からそれなりに評価されていることを勿論知っている。だから、常識がない・挨拶が出来ないという部分を修正する必要性を感じていない。問題は別の所にあるはずだということも知っている。こんな時上司が陥りやすいミスが一番目に付く欠点を不振の原因だと決めつけ、それを直せと部下に押し付けることだ。これが的を得たものであるなら部下は納得してその欠点を克服しようとするかもしれない。だが、「それ、関係ある?」という事の方がはるかに多いのは営業の世界に限らずあらゆるビジネスの現場のあるあるではないだろうか?こうした全く無意味な押し付け・決めつけは非合理的であるだけでなく、営業マンのモチベーションを簡単に奪うことになる。モチベーションを奪うという事は継続すべき良い習慣やその営業マンの持つ長所まで奪いかねない二重のミスと言える。特にもともと高いモチベーションを持って仕事に取り組んでいる人間にとってはこれは失礼な行動だと思う。上司はどのような部下に対しても、最低限の敬意とマナーを持って接すべきだと私は思う。

 

だから私はそうした目に付きやすい欠点であっても数字に影響を出してない行動については指摘することはあっても注意することはない。本人がそういうのが嫌いだなどとはっきり言っているなら尚更だろう。それは甘えではない。結果とリンクしていない欠点を直せと言って、モチベーションを奪うくらいなら自分でやりたいと思っていることをきっちりやるという習慣を継続してもらい、高いモチベーションをキープした状態で他のアドバイスをした方が良いという引き算・足し算の結果である。(それを考えると、「基本動作が出来ない」とA次長にこき下ろされても、性格が素直で「嫌だなあ、まあでもやるしかないな」と諦めて高いモチベーションを保っていた若き日の私は営業向きの性格だったのであろう)

営業の世界は全ての項目の平均点が高い者が必ず勝利する訳ではない。それが営業の世界の面白さであり、現実なのだ。
だからチェックリストをどれくらいクリアするかより、より顧客の信頼を得られるには何がいいかに特化して考えた方が合理的だ。それを突き詰めていくには最低限本人のモチベーションが必要なので、目に付く欠点をあげつらって一番大事なモチベーションを奪っては本末転倒である。だが、現実にはこうした現象は今も営業の現場で起こり続けている。

 

 

人は自分以外の人間からの評価にとらわれて生きている。それはどんなマイペースな人間でも逃れられないと私は思う。そして、人から期待されれば期待されるほどその期待に応えようとする。その期待が高く、その努力もしくは具体的な行為そのものが好きだったりすると成長の速度は最大化する。好きこそものの上手なれというのは、そういうことなのだ。だが、ビジネスの現場で何が起きているかというと、この全く逆のことをわざわざやっているのである。わざわざ期待していないというメッセージを部下に送り、とても納得できないようなルールで営業マンのモチベーションを徹底的に奪う。それで結果が出なければ、さらに拍車をかけた態度で接する。会社やその上層部は結果から遠ざかるような行動を平気で部下にしているのだ。

実はこうした歪みを正していくだけで結果は少しづつ出せる、そのことをサトミ営業相談所は温かく教えてくれる。