営業職の皆さんは商談において【今お客様が何を考え、そして契約をどれほど前向きに検討しているのだろうか?】と常に考えているはずである。そして、『お客様の本音を正確に読み取りたい』、或いは『正確に読み取る良い方法はないものか』とも思っているはずである。今回は、その事について私の考えを述べたいと思う。
この「お客様の本音を正確に読み取りたい」というのは何も営業職に限ったことではない。ビジネスにおいてもプライベートにおいても、誰もが今目の前にいる相手が一体何を考えているのかを知りたいと思うし、それ自体はごく自然なことである。だからこそ、今も昔も心理学は人気があるのである。
きっかけとなったZさんとの会話
まず、このテーマを取り上げるきっかけを紹介したい。
それは、営業ウーマンZさんとの会話である。
Zさん「川端さん、また見込みを外しちゃいました。課長からは『見込みが甘いよ。もっとお客さんの本音を読み取れないとダメだよ』って怒られちゃいましたし。川端さんはお客さんのどういうポイントを見て本音を読み取ろうとされています?」
川端「つまり、Zさんはお客様の雰囲気や態度や仕草から本音を読み取ろうとしている訳ですよね。私はそうしたモノからお客様の本音を読み取る必要などないと思っています。」
Zさん「えっ?どういうことですか?」
川端「私は『このサービスについてどう思われますか?』『契約して頂けそうですか?』とはっきりと聞きます。しかも、出来るだけ細かくその都度聞き続けます。何故なら、相手の雰囲気や態度から本音を読み取ろうと努力するより、直接聞いた方が本音を知ることが出来ますし、結果として契約に近付くからです。当たるかどうか分からない、また商談後に当たっていたかどうかを検証できないお客様の本音を読み取ろうとするよりははるかに合理的なやり方だと思っています。」
大半の営業職のスタンス
恐らく多くの営業職はZさんと同じように、お客様の態度や仕草、雰囲気からお客様の本音を出来るだけ正確に読み取りたいと考えているだろう。
それはこのような流れを何となく思い描いているからではないだろうか?
お客様の本音を正確に読み取る
⇒より最適な提案⇒契約締結
或いは
⇒過剰な営業活動の抑止、見込み付けの失敗防止⇒お客様との程よい距離感の維持⇒契約締結
根本的には営業職が自分の主張をはっきりと出来ないことが原因
(お客様が率直に答えてくれるかどうかは別として、お客様の本音をはっきりと言葉にして聞くことは物理的には可能である。しかし、にも関わらずわざわざ態度や雰囲気から察しようとするのは、営業職の多くが、自分の意見をはっきりと言う、そしてお客様の本音をはっきりと聞くということに抵抗があるからである。『買ってください』というクロージングが出来ない営業職が多いのも根本的にはこれが原因である。
これは営業職が本来真っ先に挑戦すべき壁であり、営業という仕事の永遠のテーマであろうが、超えることが出来ない営業職が大半であるのも事実である。)
私のスタイル
それに対して、私は、お客様の本音を推測するよりも、はっきりと「このサービスについてどう思われますか?」とお客様に聞く、そしてこちらが聞いた時にお客様もまた率直に本音を言えるような人間関係の構築を目指すべきだという立場である。
勿論、私自身も商談の中でお客様の様子を見て、「今何を考えているのだろう」と考えていない訳ではない。他の営業職と同様に何度となく考えている。
こうした事を自らの行動から完全に排除することなど出来ないし、する必要もない。
ただ何が異なるのかと言うと「私がお客様の態度や仕草から推測したことより、こちらがはっきりと聞いてお客様から得られた回答の方がはるかに正確である」と知っている事である。そして、常にその本音を聞き出そうとし、他の何よりもその回答を商談に反映させているという点である。
理由は二つある。
その理由①お客様の【どちらでもない】という状態の存在
一つ目の理由は、『お客様の心理が【契約したい(買いたい)】、【契約したくない(買いたくない)】の他に【どちらでもない】という場合があること』である。
つまり、『その商品に関心を抱かなかったからどちらでもない』『話を聞いてなかったから分からない』という場合もあるという事である。このように言われれば想像できると思うが、肯定も否定もしていない。未だ評価をしてない状態である。これは単純にその商品やその説明に関心を抱くことがなかったという理由だけでなく、お客様も人間なので体調が悪い時や心理的に余裕が無いなどの理由で話に集中していないことでも起きるし、特に理由もなく何となくボーっとしていたということでも生まれる現象である。
例えば、テレビやYouTubeなどで様々な商品やサービスの広告が目に入ってくる。思わず釘付けになるほど、商品に興味を持ち、買いたいと思うモノは恐らくごく一部だろう。中には商品の内容をしっかりと把握して「こんなモノは絶対買わない」というモノもあるだろう。しかし、多くは興味や関心を抱きさえしなかったという場合ではないだろうか。つまり、【素通り】である。
人間が商品を見ている中で圧倒的に多いのはこの【素通り】ではないだろうか?
これが【どちらでもない】という状態である。
ほとんどの場合は理由など特にないし、聞かれても素通りした理由など分からない。何となくとしか言いようがないのではないだろうか。
こうした状態の存在を無視して、お客様の本音を読み取ろうとすれば、無関心であることに変わりはないため、【契約したくない(買いたくない)】としか見えないのではないだろうか。
しかし、自分に置き換えて考えれば容易に想像できると思うが、素通りした状態は内容を把握して「買わない」と決めた状態とは全く違う。
ここが営業という仕事の面白いところであり、難しいところであるが、営業職は契約にいかに近いのか、遠いのかという事をお客様の関心の強さという視点で読み取ろうとするため、【契約したくない(買いたくない)】と【どちらでもない】を同じように判定しがちになるのではないだろうか。
一回の説明に対して関心を抱かなかったのがたまたまであり、お客様に商品の内容が伝わっていないのであれば、この【どちらでもない】お客様に対して「今一度説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」と問いかけるのが正解ではないだろうか。
お客様に快諾して頂ける場合もあるはずである。
こうした事を何度も確認し、同じお客様に同じ商品の説明を繰り返し行える営業職などほとんどいないだろうが、こうした事が実は理に適っているのはこうした理由によるものである。
(私は営業職時代、周りが驚くほど同じ相手に全く同じ商品の説明を何度も繰り返し説明した。それはこうした事を知り尽くしていたからである。)
ここでお客様と人間関係が出来ていれば、お客様の方から「ごめん。この前忙しくてあんまり話を聞いていなかったんだよ」と教えてくれる可能性は高まるし、もっと言うなら、日常的に説明をしながら、その都度「この商品をどう思われますか?」と率直に聞けて、お客様も率直に意見を言い合える関係を作り上げておくことが最も理想的である。私が『全ての営業のタスクはお客様との人間関係の構築に集約される』と繰り返し主張するのはこうした点からも言えることである。
理由⓶お客様の心変わり
二つ目の理由は『お客様は心変わりするということ』である。確かにさっきは買いたいと思ったが、数分後にはやっぱりやめたということはある。ほんのちょっとした事でお客様の心理は細かく変化する。こんなことは常に起こっている。しかし、どの時点で変わったのかははっきりしないし、何となくという場合だってある。企業であれば、営業職のあずかり知らない所で、上層部の方針で変わる場合だってあるだろう。こうしたことはその場、その瞬間に、お客様の本音をたとえ読み取れたとしても、その意味が乏しい理由である。
今一度、先程のテレビやYouTubeなどの広告の話を思い出して欲しい。
一度は素通りした商品を違うタイミングで見て、今度は買いたくなるという経験は誰にでもあるはずである。商品の内容は何も変わっていないのにも関わらず、である。
私は心理学の知見がそれほどあるわけではないので、何がその時起きているかを語ることはしないが、少なくとも以前は購買意欲を掻き立てることが無かった商品に、急に掻き立てられることはある。勿論、逆もある。それは単なる【心変わり】である。ほとんどの場合、理由を聞かれても答えられないだろう。
勿論、以前の商品の説明やPRが悪かった訳でもない。単純に関心を抱かなかっただけである。
こうした事は誰でも実体験から理解できるのに、営業職の立場になるとお客様の単なる【心変わり】として片付けられずにとにかく理由を探したがる傾向が強い。理由を分析することで契約に近付けようと努力することは営業職として必要なことだが、お客様自身も説明できない【心変わり】はあり、その時には合理的な理由やきちんとした原因も特にない、何となく生まれる【心変わり】が現実にはあるということは頭に入れておくべきだろう。
このように考えると、お客様の心変わりから購買意欲は目まぐるしく変化するのに、ある一点の態度や仕草からお客様の本音を読み取ろうとし続けることがいかに非合理的なことか分かるはずである。
まとめ
この二つが【営業職がお客様の本音を読み取る必要がない】と私が思う理由である。
だからこそ、お客様に可能な限り、率直にそして出来るだけ細かく意見や考えや感想を聞くべきである。
その意見交換を率直に行うためにも、お客様との人間関係構築がやはり最重要課題となることは言い過ぎても言い足りないポイントである。
そして、何よりお客様の本音が分からないからこそ生まれる営業の面白さやドラマがあるという事も忘れないで欲しいと思う。